アニメ、オタク、保守、ネトウヨ

渡邊朱倫
2020 年 12 月 20 日

概念の整理

先ず、以下に挙げる用語は峻別されたい。仮に関係が見出せるとしても、概念自体は別物として論じられたい。

2 ちゃんねる交雑説

「アニメーションのファン」或いは「オタク」に「ネトウヨ」が多いという主張を散見する。

「涼宮ハルヒ」以前から深夜アニメやウェブに関心を持っていた者(誇ることではないが)として思い当たるのが、「 2 ちゃんねるで『アニメ(特に萌え的な作風のアニメ)のファン』と所謂『ネトウヨ』が交雑し、両者の趣味と主義が互いに波及した」という仮説だ。

だが 2 ちゃんねるにも「アニメファン」或いは「オタク」を揶揄したり、彼等に嫌悪を表明したり者は今も昔もいる。もう一方の「ネトウヨ」に対しても然りだ。匿名掲示板である以上、趣味や主義の比率は簡単に数字にはできないであろうけれども。

又、2 ちゃんねるから外のアニメファンにもネトウヨ、或いは 2 ちゃんねるに批判的な者がいる。

アニメと左派的価値観

敢えて引用しないが、日本のアニメの内容自体がネトウヨ的な思想を惹起した、と説く者もいる。

正直、思い当たる節がある。日本のアニメには「弱きを助け強きを挫く」とか「権力を打倒する」「権威を批判する」といったテーマの作品が、少なくとも相対的に少ないように思える。

アムロ・レイ、碇シンジ、キョン、平沢唯、鹿目まどか、かばんちゃん……流行したアニメの主人公に弱者は多くない。寧ろアニメの主人公には、強者が多い。俗に謂う石鹸枠や異世界転生の主人公も露骨な強者だ。甚だしくは四宮かぐやの如く、文字通り絵に描いた富者が美化されることもある。

但、今人気の竈炭治郎は貧民で、しかも家族を奪われる場面から始まるから、弱い立場の主人公という意味では例外かも知れない。「鬼滅の刃」に限らず、漫画や漫画原作アニメには弱者が主人公の作品がやや多いように思える。「はだしのゲン」は明らかに弱者が強者に抗う作品だ。

又、私は文藝には余り詳しくないが、古今の文藝に於いても弱者主体の作品は多数であろうか。プロレタリア文学は文藝界の主流になったであろうか。いや、寧ろ主流になりえなかったからこそプロレタリア文学は昔も今も「弱者の文藝」としての意義を保っているのではなかろうか。

これも私見だが、「天皇の権威を誇示する為に編まれた」記紀神話や「権力者の文藝」たる皇朝時代の古典に通じた人士は、寧ろ左派に多い気がする。

「オタク」という気質

「オタク」というと、アニメ、ゲーム、鉄道、自動車など、何らかの趣味に極度に没頭している者を指す語と大雑把に看做してよいであろうか。さて、アニメであれ鉄道であれ、趣味に没頭することと、政治活動や示威行動などによって権力に抗うことは両立できるであろうか。

確かに Twitter には「アニメアイコン」を掲げてアベやネトウヨを批判する人士も少なからずいるが、彼等が如何程アニメに没頭しているか、或いは権力闘争に執心しているかは推し量り難い。

私は「趣味を棄てて禁欲してでも権力に抗え」と言える立場ではないが……

その他

「アニメ等、趣味に関する産業が搾取によって成り立っている」という疑念もあるが、私の不得意な議題なので論ずるのを控える。革新・保守・ネトウヨ云々の話題も元々苦手だが。差し詰めその手の語句を Google にかけたくない程に……

2020 渡邊朱倫