キリスト降誕節

渡邊朱倫
2020 年 12 月 5 日

私自身

私はキリスト降誕節に限らず「祝う」という感覚に疎い。感動したり情熱的になるのが苦手だ。気に入った藝能人の誕生日は一時期微妙な食べ物を買って食べたりして祝っていたが、最近はしていない。

実家

実家はプロテスタントだが、家で降誕節を祝った記憶が余り無い。

私が十代になってからだったと思うが、親が降誕節にわざわざ鶏の丸焼きを買ったことがあった。普段の食事と変わらず、ボソボソ話しながら黙々と食べたと記憶している。

最近の母は降誕節に限らず節句や盆にスーパーで中華料理の「オードブル」を買うが「祝う」という意識は薄く、唐揚、春巻、焼売など色んな料理を少しずつ食べられるという或る意味合理的な理由のようだ。私は訳あって、もうすぐそういう習慣から遠ざかりそうだ。

幼稚園

幼稚園では毎年市民会館(現ローズコム)で降誕劇をしていた。年少と年中の頃は東方の博士(両年とも没薬を渡す役、詰り西方教会の伝説で謂うカスパール)、年長の頃は羊飼いだったと記憶している。心の中では聖歌隊に属したかった。

T 教会

T 教会ではグレゴリオ暦上の「降誕節」から直前に当たる日曜日に「降誕節パーティー」をする。又ナザレのイエスではなく明仁天皇(現上皇)の誕生日に「キャンドル・サービス」(蠟燭礼拝)を行う習慣もあったが、天皇が譲位なさってからどうなったかは知らない。降誕節が法定祝日になっていない日本に於いて、社会人は実際の「降誕節」に教会に往きづらいという事情がある。

T 教会の降誕節パーティーでは果物のサイダー漬けや唐揚げが食事の定番だが、私の母は一時期「罐詰のパイナップル(酵素は失活している筈)と醤油をミキサーで混ぜ、その汁で手羽元を煮込んだもの」を提供していたが、私の口には合わなかった。

ある年は例の牧師夫人が子供向けの降誕節パーティーを開き「UFO キャッチャー」なるゲームをすると言ったら子供らは喜んだが、その「UFO キャッチャー」は一般に謂う「機械で玩具や駄菓子を撮んで得るゲーム」ではなく「紙皿を切って作った輪(UFO)を投げ、他の人がとんがり帽子(キャッチャー)で受け取るゲーム」であった。それを知った子供らは概ね不満を示し、果して没になった。

サンタ・クロース

赤いものは概して好きなのだが、(広島東洋カープと)アメリカ風の「サンタ・クロース」は虫が好かない。童話っぽい習慣を歳が二桁になるまで引き摺る感覚が無い。

若い女がサンタ・クロースなる老人のコスプレをするのも不可解だ。私に何か与えたいものがあるとしても、十二月二十五日と日を限定する意義がどこにあるのだろうか。

余談

降誕節をデートをする日だと思っている日本人がいるが、そういう習慣については語る気も起きない。

2020 渡邊朱倫