S 教会

渡邊朱倫
2020 年 9 月 20 日

「岡山時代」、時々岡山県内の団地にある S 教会に父と往った。岡山駅で父と待ち合わせすることもあれば、私がアパートの最寄りのバス停でバスに乗って車内で父と会うパターンもあったと思う。

最近はフローリングに椅子を並べた造りの教会が多い。S 教会も、私が当時通っていた教会も、小中学生の頃通っていた教会も然りだ。欧州には石造りの荘厳たる教会が多いと聞くが、私はあまり縁が無い。

S 教会では讃美歌・主の祈り・使徒信条の後、牧師が考えたと思しき祈祷文を読ませられた。キリスト教界で何かと評判の悪い「什一献金」を納める文句も含まれていた。因みに私も父も S 教会の正式の会員ではない。私や父に限らず、プロテスタントには色々な教会を見学する人が多いが、S 教会の牧師は見学者にまで「什一献金」を強いる主義ではなかったようだ。

S 教会の牧師は某日、うちの教会の運営方針はかくかくしかじかですよ、といった、信仰云々と関係あるのかないのかわからない説教をするので困惑した。セル教会というらしい。客員なので興味を持てない、というのも山々だが、私は当時既に種々の情報に触れ、この手の牧師の思い付きに懐疑的になっていた。

説教前の讃美歌はコラールだったが、礼拝の終わりには「ゴッ・ビー・ウィズ・ユー」云々という「ワーシップソング」を歌わされた(私は歌うのを拒否したかもしれない)。日本のプロテスタントの人はアメリカ被れが多くて、この手の歌もその一端と云える。それでも 50 を過ぎたと思しき牧師がこんな J‐POP の出来損ないみたいな歌を歌わせるのは異様だ。

「岡山時代末期」には不眠症等を患うようになって、両親が私を連れて S 教会の牧師に祈祷を懇願することもあった。その祈祷というのが、私の背に手を当てて「交感神経系と副交感神経系を正常にしてください」みたいな文句を唱える、外からすればかなり不気味であろう行為であった。

――まあ、信仰が口実の外出としては色々面白かったな、と。

2020 渡邊朱倫