プレーンテキスト教育

渡邊朱倫
2020 年 12 月 6 日

MS‐Word は便利か

先日、MS‐Word を用いてタイピングの練習をしている人・させている人を見かけた。タイピングや文字処理を学ばせるのに先に MS‐Word を用いさせる PC の教本も、今はいざ知らず、嘗ては多かった。

単に文字を入力するだけの為にわざわざ動作の鈍い MS‐Word を用いる理由は何だろうか、テキストエディタで十分ではないか、Windows 付属の「メモ帳」でも十分事足りるのではないか。どうやら「MS‐Word は文書、或いは文章を装飾できるからプレーンテキストに完全に優っている」と考えている人がいるらしい。

因みに 1990 年代の教本には「筆者はこんなもの[メモ帳]でメモを採っている人を見たことがありません」「メモ帳でメモを採る人は殆どいないでしょう」などといった記述を屡々見かけた。プレーンテキストではなく紙のメモ帳や付箋紙の方が「手軽」、という感覚ならば分からなくもない。最近も PC に付箋紙を貼り付ける人が少なくないとも聞く。又壁紙に直接メモを綴るソフトウェアもある。但「MS‐Word でメモを採る人」の存在は、少なくとも私には猶更疑わしいのだが。

MS‐Word でタイピングをさせる講師、教本が存在する背景には、MS‐Word や一太郎などのソフトウェアが「ワードプロセッサ」(言葉を処理するもの)と呼ばれていることが関係しているのではなかろうか。嘗ては日本語を処理、編集する機械は和文タイプライタとワープロ専用機しかなかったから、年配の方は「日本語を打つならワープロ」という先入観にいまだ捉われているのだろうか。しかし今では PC のテキストエディタでも IME が使える。「言葉を処理する」という用途はメモ帳などの「テキストエディタ」(文書を編集するもの)も同様だ。

プレーンテキストを学ばせる意義

簡潔な文書であれば、MS‐Word や HTML でなくてもプレーンテキストで十分事足りる。MS‐Word や HTML では見出しや強調を表現することもできるが、プレーンテキストでも見出しは空行、強調は鉤括弧や大文字などで表現できるし、実際にそういう表現を用いたプレーンテキストは HTML 全盛の昨今でも流布している。

華美な文書を作りたい、という願望もある。ならば MS‐Word、或いは HTML とスタイルシートの組み合わせなどを用いるに越したことはない。しかし、文書の基本は文字の羅列である。学校の作文・一般の文藝・実用的な文書などの本文を過度に装飾することは、大衆紙や「フォントいじり」サイトの愛読者を除いて好まれない。即ち文書で表すべき意思は、できるだけ文字の羅列によって上手く表現することが一般には美しいとされる。無論、プレーンテキストでは画像の掲示などは不可能だが。

又、HTML を始めコンピュータ言語(マークアップ言語・プログラム言語など)は広義のプレーンテキストであり、それらを学ぶにはプレーンテキストの知識が必須である。

それから電子メールに於いても今も昔もプレーンテキストしか認めず、所謂「HTML メール」はセキュリティ上、或いは美的観点から嫌う人が多い。ウェブ上の BBS・ブログのコメント欄・SNS 等に於いても通信内容のタグなどによる修飾は概ね認められず、実質上の「プレーンテキスト」による通信が主流になっている。

故に学校の情報処理の授業、或いは巷のパソコン教室でも MS‐Word 等よりプレーンテキストの用法を先に教えるべきではなかろうか。現場の教師、情報学徒の意見を伺いたい。

2020 渡邊朱倫